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まちくさの自由・不自由

いつも町中に生える草に名前をつけて喜んでいる私だが、時々「あー、申し訳ないな。」と思う時がある。それは、その場でパッとつけたまちくさの名前がどうもしっくりこない時である。そんな時、思うのは「まちくさの自由・不自由」について。
 
 人で言えばよく子どもの時につけられた「あだ名」が、その後の人生で自分自身のアイデンティティに深く関わってくることがしばしばある。この「あだ名」というのは、だいたいが適当で、しかも、つける側には「自由」があるが、つけられる側は一方的で「不自由」な状態のままなかば強制的に命名されていくのである。

 まちくさについてもそれと同じで、私がつけた名前に、まちくさが「そんな名前いやだ!」と反論することもなく、そのまちくさになっていく。かわいそうなまちくさ。

 しかしそんなまちくさに後ろめたさなど感じず、今日もまたまちくさに「あだ名」をつけるのである。


つづく・・・
by machikusa | 2010-10-21 19:56 | 博士の思草
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